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毎木曜掲載・第234回(2021/12/16)

革命に鼓舞され、裏切られた人々が思想を紡いでいく

銭理群『毛沢東と中国 ある知識人による中華人民共和国史』(青土社)評者:加藤直樹

 大著である。上下巻合わせて1000ページ以上ある。だが、引き込まれる。読み終わって、中国の人々が経験した現代史についての、簡単には要約できない手触りが残る。大著を読む醍醐味だ。

 銭理群は1939年生まれ。北京大学の教授で、魯迅をはじめとする中国文学の研究者であり、農村の教育支援などのNGO活動に参加する批判的知識人である。本書執筆後に引退し、今は介護施設で暮らしているらしい。

 本書は、その著者が、1950年代の反右派闘争から大躍進を経て文化大革命、そして改革開放から天安門事件、その後の経済成長の加速へと至る歴史の中で、中国の人々が重ねてきた思想的模索をたどっている。その記述は、三つの層を重ねている。一つは毛沢東の思想とその動向。二つ目は、それを受けて(支持して、あるいは対決して)模索した若者や知識人たちの思想や選択。三つ目が、そうしたなかでの著者自身の思想的成長だ。標題の通り、全体を貫いているのは「中国史上稀に見るユートピア思想家かつ独裁者」であった毛沢東が中国社会と人々にもたらした複雑な影響を見つめる視線である。それは徹底して批判的だが、しかし単純ではない。「私は(この本の著述にあたって)自分に二つの課題を課している。第一に、同情的理解をすること、第二に、それがもたらした帰結を正視すること」と銭は書いている。

 毛沢東が呼びかける革命の理想に鼓舞され、また裏切られた人々が、その経験のなかから自らの思想を紡いでいく軌跡は胸を打つ。毛沢東の空想的な煽動に抵抗した北京大学学長。農村の厳しい現実とその解決策を書き綴る手紙を政府に届けた老共産党員(地域の人々が彼を弾圧から守った)。自立的で徹底的な思考を追求して処刑台に送られた知識人たち。彼らを描く筆致には、深い敬意が込められている。まるで司馬遷のようだ。

 特に、「文化大革命」を官僚支配や身分差別との闘いの始まりと理解した造反派紅衛兵の若者たちが、逆に毛に弾圧され、農村に下放されるなかで、新しい思想的歩みを始めていく経緯が興味深い。その後、彼らの一部は自らが経験した農村の現実を踏まえて胡耀邦ら改革派のブレーンとなり、また一部は「北京の春」と呼ばれた80年前後の民主化運動を展開する。それは共産党の公許のイデオロギーから自立した「民間」思想の本格的な登場であり、今も続いている。

 著者自身の思想的歩みも語られる。自らの過ちや失敗、思い違いについても率直に語る銭理群という誠実な知識人と出会えたこと自体が、私はうれしかった。

 銭は本書の最後にこうまとめている。
「二極分化する現実の中、筆者は底辺層の人民や力を持たぬ集団の側に立ち続け…ありとあらゆる形態で現れてきた抑圧や奴役の現象や制度について、なしうるかぎり批判を加えた。筆者が自ら思うに、これは、毛沢東時代に筆者が形成した左翼的立場であり、革命理念であり、社会主義の理想であった。またそれは、疑いの中での堅持と発展であり、堅持と発展の中での疑いでもあった。筆者にとり、まずは『毛沢東から抜け出す』ことが必要で、毛沢東が打ちたてた一党専政の体制と決裂せねばならなかった。同時にまた、毛沢東が関わり築き上げた革命伝統や社会主義の伝統と何がしかの精神的関係を保持しようとした」

 外からする皮相な中国批判ではなく、中国の歩みの内側から、自らの批判的思考を鍛えてきた知識人の言葉である。中国にはこうした尊敬すべき知識人が多く存在し、今も中国の状況と格闘しているのだ。彼らの言葉を注意深く聞きとることが大事だと思う。

 銭は、今の中国を支配しているのは共産党の専制的権力と資本の権力を兼ね備えた「権勢家資本階層」だと指摘していた。習近平と「権勢家資本階層」がつくる大国・中国の現在を、中国の知識人たちがどう見ているのか。これからも注視したい。

 なお、多くの人におすすめしたい本書だが、読解には中国現代史についての基本的な知識が必要となる。まずは岩波新書の『中国近現代史』や『文化大革命と現代中国』などを読んでおくとよいだろう。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・志水博子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、ほかです。


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