〔週刊 本の発見〕『核の海の証言−ビキニ事件は終わらない』 | |||||||
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毎木曜掲載・第124回(2019/9/5) 南の楽園は死の海にされた『核の海の証言−ビキニ事件は終わらない』(山下正寿、2012年、新日本出版社)/評者:根岸恵子1946年から63年までアメリカが太平洋諸島で行った核実験は107回に上る。マーシャル諸島だけでも48年から58年まで67回。特に有名なのは、54年3月1日にビキニ環礁で行われた水爆ブラボーだ(写真)。ビキニ事件として知られる第5福竜丸の被ばくはこの最悪の水爆実験によるものである。しかし、第5福竜丸の被ばくは他の多くの漁船の被ばくを隠すためにアメリカ政府と日本政府によって利用されることになった。この隠蔽された事実の掘り起こしをしたのが、高知の「幡多ゼミ」の高校生たちだった。被災者のある漁師は「事件から30年経って初めて話を聞きに来たのは高校生だった」と語った。隠され続けてきた事実に日本政府は被ばく者としての認定さえしていない。 この本は、1983年から、高校生たちが高知県のビキニ被災者たちから集めた証言をもとに、幡多ゼミの山下正寿先生がビキニ事件の背景と、マーシャルの人々の被害、福島原発事故までを含めてまとめたものである。 今から2年前、私はニューカレドニアの文学を研究しているアミッド・モッデカムさんの話を聞く機会があった。ニューカレドニアはフランス領であるが、先住民族のカナックの人々の島である。彼らの物語は美しい海とは切り離せない。彼らは独立を目指して、フランス政府と対立してきたが、いまだに独立はしていない。アミッドさんの話から、私は太平洋の勢力圏がいまだに英仏米によって押さえられている意味を考えてみた。私たちは中国脅威論に敏感に反応するくせに、太平洋の脅威について考えてはいないのではないか。勢力分布図を見ると、中国の方が脅威に囲まれているのではないかと考えさせられてしまう。過去に英仏米が太平洋で行った核実験はいまだにアジア諸国への脅威になっているのではないか。フランスはポリネシアで211回、イギリスはミクロネシアで38回、3国で合わせて350以上の核実験を行っているのだ。 広島・長崎での被ばく国でありながら、当時日本がこの核実験に対してどう考えていたのか。ブラボー実験のあと、核実験に対して当時の岡崎外務大臣は「水爆実験は自由国家の仲間入りをした日本としては、これに協力するのは当然である」と述べている。日本政府はアメリカ政府とともに、核実験で被災した被害事実の隠ぺいに奔走することになる。それは第5福竜丸の被害に集中させることで、ほかの多くの被災者はいないことにしてしまったのだ。そのことは第5福竜丸の被ばくを矮小化することにもなった。アメリカは「原因は放射能でなく、サンゴの塵による科学的影響」だとし、現在でも放射能が原因だと認めていない。 幡多ゼミの調査で分明るみになったことは大きい。だがあまりにも遅すぎたのではないか。ブラボーの最初の犠牲者は吉岡洋さんという19歳の若者であることがわかった。彼はブラボー実験の後、4月27日に発病し、5月10日にパラオで亡くなった。彼は海水をよく被っていたそうだ。彼の病状に日本に帰るよりは早く病院に連れて行こうとパラオに向かった。しかし、彼は助かることがなかった。日本からの命令で彼の遺体は本国に戻すなということで、重りをつけて海に沈めたそうだ。その時のことを乗組員の仲間は覚えていた。海は澄んでいて、吉岡さんの遺体が沈んでいくのに手を合わせた。 また、ある人は「人間の命より魚の方が大事だった」と当時を振り返り、被ばくしている自分たちに政府は何もしてくれなかったと話している。放医研は第5福竜丸の乗組員の被ばく記録を取り続けたが、発病しても治療はしなかったのである。「事件は解決済み。よって発病も被ばくとは関係がない」という一貫した姿勢だった。これは放医研の前身ABCCが原爆被害者に取った態度と全く同じである。被災した者たちはだれもが放射能の影響に怯えながら生きていかなくてはならなかった。日本はそんな被害者をしり目に原子力の技術を何とかアメリカから得ようとし、アメリカはそれを利用して、膨大になるはずの被害と補償をわずかな見舞金程度で済ませてしまった。被災者の切り捨てであった。 「ニュークリア・サベージ」(2011年、アメリカ、アダム・ジョナス・ホロヴィッツ監督)というドキュメンタリー映画がある。マーシャル諸島の人々が、核実験で受けた被害、被ばくの問題を今も引き摺って生きている姿を描いている。この本でもビキニの人々がモルモットのように放射能実験に利用されたことが述べられている。人々は核実験の最中、島に留め置かれ被ばくさせられ、その後経過を見るだけのために生かされていたのだ。いま、アメリカは汚染された島に人々を戻そうとしている。楽園だった南洋の島は放射能が残る不毛な島となり、人々は被ばくしたために健康な生活は送れない。いったい何のために彼らがこんな目に合わなくてはいけないのだろう。 当時、核実験による汚染状況を調べていた俊鶻丸に同乗していた「中部日本新聞」の谷口利雄記者は書いている。「南の楽園は本当に死の海になっている。国境のない魚は水爆の恐怖も知らずにこの海中で泳いでいる。人間ばかりではない。平和な南の魚をここまで脅かしているのはいったい誰だ。そしていったいどういうことなんだ」。 *「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美、根岸恵子ほかです。 Created by staff01. Last modified on 2019-09-06 00:12:27 Copyright: Default |