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毎木曜掲載・第65回(2018/7/12)

貪欲にインターネットから学ぶ自民党

●『情報武装する政治』(西田亮介、角川書店)/評者:渡辺照子

 この7月のNHKの世論調査によると、4カ月ぶりに安倍政権を「支持する」が44%となり、不支持の39%を上回ったそうだ。真相が解明されないままフェイドアウトするモリカケ問題(そうはさせないけれど)、閣僚・議員の幾多の失言等々にも関わらず安倍一強の構造は「盤石」だ。残念ながら衆愚政治の成功を見るしかない。この閉塞状況の打開には原因究明が必要だ。私の周囲では多くの人が安倍政権のメディア戦略の狡知さを指摘する。だが、政治やメディアの不公正さや傲慢さを叱責して留飲を下げるだけでは安倍政権は倒せないだろう。頭をクールに、心をホットにさせ、安倍政権、自民党のメディア戦略を分析せねばならないのではないか。その意味で安倍政権によるマスメディアへの締付の所業を弾劾するものとはいささか異なった視点が欲しかった。そこでジャーナリストではなく、社会学をバックグラウンドとしながら情報社会論と公共政策を専門とするこの著者の書籍を手に取った。自民党内部の者の著書はインサイダー的な情報としては興味深いが、自党と自身の自慢話が鼻につき、且つ客観性に欠けるきらいがあり、それらの本も今回、私は避けたかった。

 本書では3者のアクターが登場する。政治家・政党で構成される「政治」と、日常生活をおくる市井の人、その両者をつなぐメディア及びジャーナリズムだ。この政治が従来のメディアだけではなく、新しいソーシャルメディアも駆使し、戦略と手法を練り上げてきた、というのが著者の見解だ。生活者への働きかけを高度化させ、政府が見せたいものだけを見せることが「ポスト・トゥルース」や「政治のわかりにくさ」を生むとしている。旧来のプロパガンダのような洗脳装置ではない点に現代的な複雑さが発生し、その現象への分析が示されている。

 分析対象は主に自民党だ。潤沢な政治資金と組織力を元に、メディア戦略をいち早く打ち立ているからだ。と言っても自民党と電通との「癒着」といった文脈で語られるのではなく、日本の情報環境の変容さに対する多角的なアプローチだ。40代以下の者は既に新聞は読まない、雑誌の廃刊は後を絶たない。紙媒体が地盤沈下を見せる一方、ネットメディアの興隆はとどまる事を知らない。それと引き換えにスマートフォン等の相対的に安価なデバイスの普及による個別情報の受発信が可能となった。その状況を自党に有利に利活用したのが自民党なのだ。2005年の衆院選の公示日直前に33人のブロガーを懇談会に招くほど早い段階から貪欲にインターネットから学んでいる。小泉政権時代にメディア対策の再構築に関与した安部、世耕弘成が現政権でも要職にあることがこの分野を重視していることの証左にもなろう。

 電通が自民党に伝授したメディア対策が、ほんの一部ではあるが具体的に示されているのも興味深い。ホームページの構成では活動状況等の写真を多用しユーザーの直感的遡及効果をねらえ、サイト上では文章はじっくり読まないからワンフレーズにしろ、等々、研修時のパワーポイントのスクリーンが掲載されているのだ。私にはおぞましいことこの上ないが安倍首相のラインスタンプもあるという。そこで政策は一切語られない。根拠のないソフトなイメージを植え付けることには成功するだろう。選挙権が18歳からになり、政治的に「無垢な」若者を取り込もうという意図だけは伝わる。

 だが、日本においては若者に限らず、誰にとっても主権者教育、政治教育が欠落している。「無垢」ではないが無知だという点では大人もたかが知れている。フェイクニュースに対抗し得るファクトチェックの社会的認知もこれからだ。

 政治が偽りの微笑で生活者に歩み寄るように見せかけるのが「政治の情報武装」だと思った。生活者は理性ではなく、感情や感覚でのみ動くことが前提とされる、そんな政治手法に欺かれてはならない。本書で自民党の魂胆を知り、広く伝える手法として学ぶべき点は学ぼう。だが、理性が勝る政治としての「情報武装」を我々が成し遂げることが市民政治の必須要件だ。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。


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