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毎木曜掲載・第19回(2017/8/24)

人種や階級の壁を超えて

●『フェミニズムはみんなのもの〜情熱の政治学』(ベル・フックス著、堀田碧訳、新水社、2003年)/評者=菊池恵介

 ベル・フックス(写真)は米国で活躍する黒人のフェミニストである。1952年にアメリカ南部の「家父長主義的な労働者階級の家庭」で生まれた彼女は、人種隔離政策の撤廃後、カリフォルニア州のスタンフォード大学に進学し、フェミニズム運動の洗礼を浴びると同時に、人種差別と性差別という二重の課題を自覚するようになった。1981年に『アメリカ黒人女性とフェミニズム』(明石書店)、そして1984年に『ブラック・フェミニストの主張―周縁から中心へ』(勁草書房)を発表。白人中流階級の女性を中心とする当時のフェミニズムを痛烈に批判し、その後の運動の流れを大きく変えた。2000年に刊行された本書は、フェミニズム運動の歩みを振り返るとともに、その多様な課題を論じたコンパクトな入門書となっている。以下では印象に残った二つの論点を紹介しよう。

 一点目は、本書がフェミニズム運動の土台として「内面化された性差別」との対決を強調している点である。ベル・フックスによれば、フェミニズムとは「性にもとづく差別や搾取や抑圧をなくす運動」である。この一見シンプルな定義が重要なのは「フェミニズム運動は男性に反対する運動ではないということをはっきり示している」からだ。フェミニズムは「男性に反対する運動」と誤解されがちだが、性差別を行使しているのは必ずしも男性とは限らない。家父長主義的な社会で育てられた私たちは「男であれ、女であれ、性差別的な考えや行動を受け入れるように社会化されている」からだ。実際、ベル・フックスが人生で「生まれてはじめて反対した最強の家父長主義な主張の主は母だった」と記している。ただ両者に違いがあるとすれば、それは「男性が女性よりも性差別から利益を得ており、その結果、家父長主義的な特権を手放したがらない」という点にある。したがってフェミニズム運動の第一の課題は、一人ひとりが「内面化された性差別」と対決し、まず自分自身を変えることだという。

 二点目は、本書が女性たちの政治的連帯の条件として人種差別や階級格差の克服を掲げている点である。家父長主義的な秩序を変えていくためには、個々の女性たちが「内なる敵」と対決すると同時に、「シスターフッド(姉妹愛)」と呼ばれる政治的な横の連帯で結ばれる必要がある。だがこの「女性」という集団は一枚岩の存在ではなく、人種、階級、性的指向などのさまざまな面で分断されている。そこで、この分断状況をどう乗り越えるかが、フェミニズムの課題になるというのである。

 このような問題提起が70年代に投げかけられたとき、白人女性たちはその問いかけに向き合おうとせず、有色女性を「フェミニズム運動に人種を持ち込む裏切り者」として非難した。一方、そのような白人女性の態度に多くの有色女性が傷つき、運動から離れていった。しかし、これらの多くの「失敗や間違い」にもかかわらず、ベル・フックスがフェミニズムに絶望せず、運動を続けて来られたのは、多くの「心の革命」を見てきたからだという。「わたしは、長いこと、白人フェミニストたちが人種の重要性を認めたがらないのを見てきた。(…)同時に心の革命も見てきた。それは、個々の女性たちが人種差別の現実から目を背けるのをやめ、白人至上主義の考え方から自由になろうとする姿である。こうした素晴らしい変化を見ることで、フェミニズムに対する私の信頼はつなぎとめられ、すべての女性に対する連帯感は強められてきた」(109頁)。

 本書を久しぶりに読み返して、ベル・フックスの議論の明快さと力強さに感銘を受けるとともに、そのアクテュアリティについて考えさせられた。たとえば、近年のフランスではイスラム教のスカーフの着用を学校で禁止する法律が制定され、移民系の子女に「同化か排除か」の二者択一が迫られてきたが、その急先鋒のとなったのが、フランスの主流派フェミニストだった。「イスラム教のスカーフは女性抑圧のシンボルであり、移民家庭の子女を家父長制から保護するためにも、スカーフを禁止するべきだ」というのが、その主張である。だが本書におけるベル・フックスの白人フェミニズム批判は、まさに「西洋化=女性解放」という植民地主義的な認識を信じて疑わないフランスの多くのフェミニストにも当てはまるだろう。近年ベル・フックスの著作が相次いで仏訳され、反イスラム感情と闘う若い世代のマイノリティ女性の間でひそかな反響を呼んでいる理由である。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美ほかです。


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