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甲状腺がんの手術について考える〜近藤誠の著書を手がかりに

    秋沢陽吉
 *甲状腺検査の様子(映画『A2-B-C』より)

●「福島県民健康調査」をどうみるか

 福島原発事故の直後10月から福島県は、福島県民健康調査で小児の甲状腺検査を実施した。チェルノブイリ原発事故で唯一IAEA等が認めた健康被害は小児甲状腺がんだから、健康を長期に見守ることを目的にした。県は5年目に「県民健康調査における中間とりまとめ」を出した。先行調査では震災時福島県に居住の18歳以下の県民約30万人が受診し、113人が甲状腺がんの悪性ないし悪性疑いと判定され、このうち99人が手術を受けた。数十倍のオーダーで多いと多発を認めたが、「放射線の影響とは考えにくい」と因果関係は認めない。これには、医療問題研究会、津田敏英、松崎道行、study2007(ツイッター名)らの批判があり、被曝との因果関係があるとする。

 私は因果関係について考える手立てを十分に持たない。ただ、因果関係なしとする根拠は非科学的で杜撰かつ児戯に等しい論理だと思う。これを操る輩はよほど国民を舐めている。『見捨てられた初期被曝』(study2007著・岩波書店)における、これこそが科学だという方法と推論から被曝線量を組み立てる手続きと比べてほしい。精緻で論理的かつ人間的な誠意にあふれている。その中で長瀧重信が座長を務めた「東電福島原発事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」で被曝評価を議論した進め方や結論を批判する。「過小評価された解析結果をことさら重視する科学的根拠のない強引な運営が続けられた」。「被害の評価に際し、不都合なデータを排除し、科学的根拠のない『安心・安全』を強調するだけの専門家会議は公平性と客観性を著しく欠いており、会議そのものの正当性が強く疑われる」。そして、「被災住民にとって『線量』の評価は『実害』の評価」と言う。この言は官僚と首相官邸に巣食う専門家グループが手を携えて行う事故後の施策の退廃と非人間的な有り様をも刺し貫く。

●甲状腺がんに手術は必要なのか?

 甲状腺がんは本当に手術が必要なのかと私は大いに疑問を持つ。近藤誠の本によって考えたい。

 『がん治療の95%は間違い』(2015年・幻冬舎新書)を見よう。健康なのに甲状腺がんを発見される人が増えている。頸部の超音波検査で腫瘤を指摘され、針を刺す細胞診で乳頭状腺がんと診断。そして甲状腺手術が行われる。米国では甲状腺がんの発見率が超音波検査の普及とともに30年間で2倍に増えた。発見率で増えた部分は早期発見なので甲状腺がんで死亡する人が減ってしかるべきだが、死亡率は下がらない。死亡率が減らないのなら放っておいても人を死なせないがんを発見して手術していることになる。もともと甲状腺には潜在がんが多いことが知られていた。潜在がんは自覚症状がなく気づかないまま各臓器に潜むがんのことで、他の病気や事故で亡くなった人を解剖してわかる。甲状腺がんは前立腺や乳腺と並び潜在がんが多い臓器だ。ある解剖統計では36%に甲状腺がんが発見され、亡くなるまで健康に問題を引き起こさなかった。超音波で見つかる乳頭状態がんは無害な潜伏がんだ。韓国では1990年代に国が甲状腺がん検診を推進することを決めたために、2011年の甲状腺がんの発見数は1990年代の15倍になった。現在は毎年4万人が甲状腺がんと診断され手術される。甲状腺がんの死亡数が減ったはずなのに死亡数は昔と変わらない300人だ。本物のがんの発見数は不変でがんもどきだけが増えた。

 そして近藤誠は、手術をする方がよほど心配だと言う。手術をすると甲状腺ホルモンを一生飲み続けなければならなくなるし、声帯を動かす神経を傷つけられる。チェルノブイリ周辺で原発事故後に子供の甲状腺手術が多数行われ、その傷をチェルノブイリネックレスと呼ぶ。韓国では手術の結果、後遺症もひどく、手術を受けた人の11%が副甲状腺ホルモンがでなくなって一生薬漬けだ。別の2%は声帯を傷つけられてしわがれ声になった。

 福島県の子供の甲状腺がんについても重要な指摘をする。「福島原発事故のあと、子供の甲状腺がんが多数発見されていることが報じられていますが、事故後まだ数年しかたっていないので、 かりに被曝で発がんするとしてもこんなに早く発見できる大きさになるはずがない。これらも無害性の潜在がんでしょう。子供の検査もしないほうがいいいんですよ」。福島県の小児の甲状腺がんが潜在がんではないか、だから検査もしないほうが良いとする考え方は傾聴に値する。

 近藤誠はがんもどき理論を提示し、放置療法という世界で最も新しいがん治療法を実践する。がんと診断された患者が放置する状態を数多く診ている。主張の根拠はデータと論理だ。医学に関する膨大な世界中の論文を若い頃から読み込み、患者を診療する経験を積む。治療は患者のためにあるのであって、治らないし延命効果もないのに、患者の体を傷つけ時には死なせるなんて医者のエゴでしかないと厳しい。

 また、『がん治療で殺されない七つの秘訣』(2013年・文春文庫)の中に甲状腺がんを放置したらどうなるかという項目がある。甲状腺がんは乳頭がんが九割を占め、肺や骨などへの他臓器への転移が少なく、転移が発見されても長く生きられることが多い。ある統計では15年間のがん死亡率はわずか2%。別のがんで亡くなった人を解剖するとその三割に微小な乳頭がんが発見される。だから微小がんの99・9%が有症状がんになり得ない性質のものだといわれる。超音波検査器の精度が向上し、検診や人間ドッグ等で微小乳頭がんが発見され、100人検査すると最大4人もが微小乳頭がんと診断される。発見されると甲状腺の部分ないし全部摘出に加え、頸部リンパ節の郭清まで行われ少なからぬ後遺症がある。

 本来微小乳頭がんは有症状がんにはなり得ぬものが圧倒的だ。 それらに手術を加えるのは行きすぎと考えて手術しないで放置して経過を観察することが日本の少数施設で行われている。がん研有明病院では、13年間に1センチ以下の微小乳頭がんで甲状腺周囲組織への浸潤やリンパ節転移が明らかでないものを放置・経過観察した。病巣サイズが増大したのは300病巣中7%、不変は90%、縮小は3%であった。3人はリンパ節転移があったが、周囲組織へ浸潤した病巣や他臓器への転移がみつかった患者はゼロだ。結局16人が手術しがんで死亡した患者はゼロ。神戸の隈病院でも似た試みをした。隈病院の論文では頸部リンパ節郭清をした微小乳頭がんでは50%にもリンパ節転移が認められたが、臨床上リンパ節転移と認識できるようになるのは2%でリンパ節転移があっても「がんもどき」であることを示す。超音波検査で発見された微小乳頭がんは「がんもどき」だ。「がんもどき」とは病理検査でがんと診断されても、転移という悪さをしない治療を要しないがんのことだ。

 福島県で手術を受けた人達はこうした事実を聞かされていたのだろうか。もし聞いていたら手術をしないという選択をする人は随分いたのではないか。

 さて皆さんはどう思われるだろうか。がん治療医、製薬メーカー、厚生労働省などが癒着した「がん治療ワールド」によって頭に刷り込まれた早期発見早期治療という蒙昧をどう解きほぐすかだ。また、官僚や医師が血も涙もない権力の一人だと見極めることができるか否か。「残念ながら、医者が清廉潔白で正直だというのは、がん治療の世界では夢物語です。若手の医者から有名医まで、患者にウソをついて脅した上で治療に持ちこむ、『恫喝医療』の実践者とみて、まず間違いありません」。近藤誠のように見ることができるかどうか。

●がん治療によって受ける大きな被害

  菅谷昭はチェルノブイリ原発事故後にベラルーシで甲状腺外来の専門家として医療支援活動に従事した。『チェルノブイリ診療記』(1998年・晶文社)を見よう。「事故の影響によりがんを発症した子供の肌にメスを入れる自らの行為は今思い出しても辛い体験だった」。「放射能による災害は、子供たちとその家族全員の人生を容赦なく痛めつけ、苦しめ、同時に生き方そのものに計り知れない負の影響を及ぼしたのだ」。実に正直で誠実な患者の苦悩と痛みに寄り添うことのできる立派な医師だと思う。

 診断法は超音波検査で微小結節病変の所見があるものを精密検査に送るという、福島で行われているものと同じだ。がんの治療について「一般にがんの根治手術とは、がん病巣とその周囲の所属リンパ節を一塊として摘除することである」と書く。これらの記述から、近藤誠が指摘する潜在がん、「がんもどき」と放射能汚染によるがんとの区別はされていないことがわかる。また、菅谷昭は福島県でも早期発見により直ちに外科的手術を行うよう提言する。他の医師も大部分がこの治療法を支持する。しかし、がんならば直ちに手術するという標準治療法は今や近藤誠らによってその医学的な誤りや危険な問題点が指摘されている。

 いわば、菅谷昭が誠実に良かれと思ってした手術が、本人の主観とは別に必ずしも良かったとはいえないのが問題だ。ベラルーシでは定期的に甲状腺検診が実施され、しこりが見つかった場合に明らかに良性と思われるものでもほぼ全てに手術がなされた。また手術死もあった。これは医療被害にほかならない。「がん治療ワールド」の隘路にはまっていたといえる。この人にしてもこの結果だ。チェルノブイリの悲劇は、放射能による災害に加えてがん治療による災害でもある。

 福島県の子供たちが100人以上も手術された。それは放射能汚染の被害を受けた重大事実に加えて、がん治療が持つ大きな犠牲にもなるという二重の被害に遭っていることを意味する。がんではなくがん治療によっても大きな被害を受けた。つまりは、原発犯罪によって合わなくてもよかった二重の被害にあってメスを入れられている。

 甲状腺がんと診断された子供と親に対して、医師がどのように説明したうえで手術に持ち込むのか私は強い疑義を抱く。

*以下は「311甲状腺がん家族の会」による手術実態の解明に関する要請書(同会ホームページより)

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福島県民健康調査検討委員会への要請

当会の会員を含め、現在、福島県で手術を受けている子どもの7割以上がリンパ節転移または1センチ以上の腫瘍となっており、中には肺転移に至っているケースもあります。さらに低分化がんや再発例も少なくありません。検討委員会の星北斗座長宛てに要請書を送付しました。

2016年4月4日

「県民健康調査」検討委員会 星北斗座長殿

手術実態の解明に関する要請書

 春暖の候、貴下ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。日頃は大変お世話になっております。

 さて去る3月30日、福島県のホームページにて、「福島県民健康調査」検討委員会の中間とりまとめが公表されました。同報告書によると、甲状腺検査について、「わが国の地域がん登録で把握されている甲状腺がんの罹患統計などから推定される有病数に比べて数十倍のオーダーで多い甲状腺がんが発見されている。」とした上で、「将来的に臨床診断されたり、死に結びついたりすることがないがんを多数診断している」可能性を示唆しています。

 県民健康調査の先行調査においては、甲状腺がん疑いと診断されている子どもの大半が、すでに手術を終えています。検討委員会の中間とりまとめに従えば、これらの子どもたちは、「将来的に臨床診断されたり、死に結びついたりすることがないがん」を、不必要な手術により摘出されてしまった可能性があるということに他なりません。

 この中間とりまとめを受け、本会の会員は、大変なショックと不安を抱えています。つきましては、以下について、早急にご対応していただきますようよろしくお願いいたします。

1、 現在までに施行されている手術のうち、いったい何例(あるいは何割)が、本来であれば必要のない手術だったのか。国立がんセンターのデータをもとに、疫学的な推計を算出してください。

2、 医療過誤に詳しい法律家や病理学の専門家を含めた第三者検証機関を大至急設置し、手術を終えた子どもたちの臨床データ(腫瘍の成長速度、組織診断内容、再発や転移の状況など)を県立医大から入手した上で、実際にどの子どもに過剰治療(医療過誤)が起きているのか、実態を解明してください。

3、 第三者委員会の調査により、1の推計値と一致するような多数の過剰診療が起きていないと判断された場合、中間とりまとめの内容を見直してください。

以上

311甲状腺がん家族の会
代表世話人河合弘之


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