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LNJ Logo 松本昌次のコラム : ハリウッド映画『ザ・インタビュー』の「志」
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第22回 2015.1.1 松本昌次(編集者・影書房)

ハリウッド映画『ザ・インタビュー』の「志」

 昨年末、金正恩第一書記暗殺を描いたハリウッドのコメディ映画『ザ・インタビュー』が、なにかと世情を騒がせた。馬鹿々々しいといえばそれまでだが、それに関する朝日新聞紙上での二つの反応についてふれたい。

 その一は、投書欄「声」(12.27付)での「『暗殺』コメディ映画は疑問」と題した、会社員・河村正義氏の発言である。河村氏は、はじめに、「北朝鮮の現在の体制」を良いとは思わないし、サイバー攻撃も許されないことだと断わりつつ、「それ以前に、そもそも『売らんかな』の企業のあり方や品格、それを許容する社会に大きな疑問を感じる。」とのべ、「表現の自由は崇高な理念だ」が、それならば、安倍晋三首相やオバマ大統領などの暗殺映画はどうか。「日本人や米国人はどう思う」か、「売れれば、面白ければだけで果たして良い」かと書き、次のように結んでいる。

 「『気に入らなければ殺す』『それを見て楽しむ』。これらを是とする人間、組織、社会文化のあり方は本当に正しいと言えるのか。」と。正しくない、とわたしは河村氏に直ちに賛意を表し応答したい。わたしの見聞の範囲は狭いが、テレビなどで見る限り、看板だけの「表現の自由」やサイバー攻撃などを問題にするだけで、誰一人、河村氏のような発言をした人物にお目にかかったことがない。もし、安倍首相などでなく、天皇暗殺のコメディ映画が他国で作られても、これらの人びとは「表現の自由」といって泰然としているのであろうか。

 ところでその二は、投書の翌日の12月28日付、同じ朝日新聞の看板コラム「天声人語」の一文である。そこで天声人語子は、冒頭、井上ひさし氏の喜劇の手法にふれつつ、「非合理な権威のばからしさや、正体をあばくことができると信じた人」と評価している。それはいい。しかしそれを枕に、映画の公開にあたりオバマ大統領が、「サイバー攻撃やテロの脅し」に屈せず、「どこかの独裁者が米国で検閲するような社会にしてはいけない」と発言したことを引用しつつ、「『表現の自由』の下に佳作も愚作もない。脅しをはねかえす勇気を、自由の価値を貴ぶ社会が支える図であろう」と書いている。

 なにが「自由の価値を貴ぶ社会」だろうか。一投書者の問いかけにくらべ、なんと浅薄な考え方であろうか。天声人語子は、ただひたすらサイバー攻撃やテロの脅しにだけ力点を置き、一投書者のいう、売れればいい、面白ければいいような映画を野放しにする「人間、組織、社会文化のあり方」という根本的な問題にはひとかけらも触れていないのである。つまりは、米国の立場、情報一辺倒以外のなにものでもない。ある韓国の記者からの報道によれば、この映画の主演・監督であるセス・ローゲン氏は、2千人以上のパレスチナ人を殺害したイスラエルのガザ攻撃を支持する署名に参加した人物であり、また、北朝鮮からのサイバー攻撃という噂も、専門家の間では否定的だったという。わたしに言わせれば、映画の上映を一旦中止した上で、サイバー攻撃やテロの噂をあおり、その上で「表現の自由」を看板に公開し、観客の大動員を計り大儲けする汚ない茶番劇としか思えない。

 天声人語子は、おわりに、チャップリンの『独裁者』を引き合いに出している。ナチス敗北をいち早く予言した傑作であり、わたしも最も好きな映画である。しかし、天声人語子もいうように、「傑作とは言い難いよう」な映画に対し、『独裁者』を引き合いに出すなといいたい。「米のコメディ映画の製作者に、井上さんやチャップリンの『志』があったかどうかは知らない。」で文章は閉じられているが、どうして「知らない」か。そんな「志」があるはずはないではないか。「金」だけであることは明らかである。


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