松本昌次のいま、言わねばならないこと〜映画『ハンナ・アーレント』が教えてくれるもの | |||||||
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映画『ハンナ・アーレント』が教えてくれるもの*写真=ハンナ・アーレント 昨年、岩波ホールで公開され、連日満員の評判だったマルガレーテ・フォン・トロッタ監督の『ハンナ・アーレント』を、先頃、ようやく見ることができた。さきに公開された同監督の『ローザ・ルクセンブルク』に感銘を受けていたので、何とか見たいと思っていたが、脚も痛く行列してまで見る気力がなかったのである。 『ハンナ・アーレント』については、高い評価がさまざま語られたが、20世紀最高の政治思想家であるアーレントの生涯を、有名なアイヒマン裁判の傍聴と、「悪の陳腐さについての報告」という副題のついた著書『イェルサレムのアイヒマン』の刊行(1963年)、及びそれに対する非難・論争の事件にしぼりこみ明らかにしたのは、まさに見事というほかなかった。『全体主義の起源』ほか、多くの傑出した著作をあらわし、1975年69歳で世を去ったアーレントについては学ぶこと少ないわたしだが、ユダヤ民族を誹謗したとして、さまざまな攻撃にさらされるなか、毅然として自説をまげないアーレント(ローザも演じたバルバラ・スコヴァが素晴らしい)には、胸打たれる思いだった。 ここでわたしに、遠い記憶が甦る。敗戦間もない1946年5月から48年11月に開かれた極東国際軍事裁判、俗にいう東京裁判である。そこで、東条英機はじめ、いわゆるA級戦犯28人が裁かれたが、その模様は、当時、映画館での劇映画上映の前のニュース映画で見ることができた。バッハの「トッカータとフーガ」が流れると共にはじまる裁判の映像は、愛国少年に仕立て上げられたまま、敗戦の廃墟に十代後半で放り出されたわたしにとって、衝撃の一齣一齣だった。そこで忘れられないのは、裁判も終り近く、検事があなた達はみずからを有罪と思うか無罪と思うかと問うたのに対し、全員が“Non Guilty”(無罪)と答えたことである。 結局、東条以下7人が絞首刑になった。その判決の折の”Death by hanging"(絞首刑)という重々しい声の響きは、今も耳底に残っている思いだが、『ハンナ・アーレント』の中で実写のフィルムが使われているアイヒマンの、俺が一体何をやったというのだ、上からの命令に従ったまでだというようなとぼけた表情が、わたしにかつての東京裁判の映像を想起させたのだった。アイヒマン同様、法廷に立った彼等は、戦争に対する責任は一切ないと主張したのである。では一体、誰に責任があるのか、誰が最高責任者として命令を下したのか。その行きつく果てが、全体主義としての天皇制国家の構造自体にあることを、アーレントは、わたしたちに教えてくれるのである。そして、いまだに克服されていない無責任体系の残滓が、日本の政治・社会状況に根強くはびこっていることも痛感せざるを得ない。
映画の終り近く、親友の一人が、アーレントを難詰する場面がある。「君にイスラエルへの愛はないのか? 同胞に愛はないのか?」と。すると、アーレントは答える。「一つの民族を愛したことはないわ。ユダヤ人を愛せというの? 私が愛するのは友人、それが唯一の愛情よ」と。いましきりに、根源的な悪といっていい天皇制国家への回帰をめざす自民党政権を支える面々に、このアーレントの言葉を――一つの民族とユダヤ人を日本人と置きかえて――贈りたい。むろん、受け取りはしないだろうが。「水は血よりも濃いい」これが戦後をこれまで生き抜いてきたわたしの信条である。煙草をしきりに吸い、ひたすら考え抜くいまは亡きアーレントに、映像をとおして遙かな、限りない敬意を送りたいと思う。 Created by staff01. Last modified on 2014-12-01 14:24:14 Copyright: Default |