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黒鉄好@福島です。
テント日誌、番外編をお届けします。

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テント日誌(番外編)〜「目覚めれば 散るも悔いなし 脱原発」

経産省前テントひろば
2012.4.8 第211日目 天気・快晴(東京:最高気温13.5度/最低気温5.1度)

「信ずる道をまっしぐらに進め。目覚めたら、もう死んでもいいという仕事をせよ」

これは、私が小学校を卒業するとき、児童たちのため、恩師が卒業文集に刻んでくれた言葉だ。小学生の私には高尚すぎる哲学で、当時は何のことやらさっぱり意味がわからなかった。だが不惑も過ぎた今の私には、この言葉が恐ろしいほどのリアリティをもって迫ってくる。好むと好まざるとに関わらず、自分の闘いはひとり自分だけの闘いではない。私たちの後に続く若者たち、子供たちの運命を背負った闘いなのだ。

「いつの時代も若い人たちは、時代をつくる前に、その前の時代の責任を負わされるかたちで歴史に登場する。しかし、だからといって歴史の被害者だけではいられないのだと、類ちゃんは立ち続けている」(「福島からあなたへ」武藤類子・著)――昨年の9.19明治公園6万人集会で感動的なスピーチをした武藤類子さんの著書には、20年来の友人という安積遊歩さんからこんなメッセージが寄せられている。進軍ラッパを吹き鳴らした世代は戦争の責任をとらず、汚染物質を垂れ流した世代は公害の責任をとらず、「ひとりも路頭に迷わせない」と言いながら1047名の首を切った元首相も解雇やりたい放題社会の端緒を作った責任をとらず、すべて次の世代がその苦難を引き受けてきた。私だって、原発を受け入れる決定を自分がした覚えはない。前時代が犯した罪との闘いだ。

一方で、「前の世代のしがらみにとらわれない新しい者たちだからこそ、前の世代の価値観を打ち壊して果敢に進むことができるのだ」という考え方もあるだろう。だがそれには前提条件がある。「前の時代の責任者」たちがみずからの罪と老いと衰えを自覚し、次の世代に道を譲るため静かに去るという決意がなければならない。翻ってこの国の責任者たちはどうだろうか?

考えるまでもなく否、である。静かに去るどころか、前の世代の責任者たちはますます往生際悪く、老醜の限りを尽くして原発再稼働に血道を上げている。はじめは電力が足りない、原発の方がコストが安いなどとたわごとを並べていたが、そのどれもが通じないとわかると、なりふり構わず「動かすこと自体が目的」だとばかりに開き直ってきた。彼らにとって、もはや稼働に理由はいらないようだ。

そっちがその気なら、こっちにも覚悟がある。福島県民をなめるな。そっちが「動かすこと自体が目的」で来るならこっちは「叩きつぶすこと自体が目的」の運動をするのみだ。原発をつぶすのに理由などいらない。「人の道に反する原発は、お上や法律が認めようと、福島は被曝地の意地で絶対に絶対に絶対に認めない」、それだけでいい。今や福島県民はほぼ全員が原発反対、県知事も県議会も反対を表明した。そんなに再稼働がしたければ、福島県民を全員殺してからにせよ!

脱原発は私にとって「目覚めたら、もう死んでもいいという仕事」だと思っている。恩師はこの日のために私にこの言葉を贈ってくれたのだ。次の世代を担う子どもたちに「誰だよ、こんな世の中にしやがった奴らは!」などと後ろ指をさされるのは嫌だ。せめて、若い人たちが「時代をつくる前に、その前の時代から負わされる責任」を少しでも軽くしてやりたいと、心から願う。

どうすれば再稼働を止められるか、という問いに福島から答えよう。原発事故から1年間、福島では考え得る限りのあらゆることがすでに試された(避難・移住除く)。子どもたちの一時保養、除染、食品測定…。だがそのどれも目立った効果はなく、「やっぱり何をやってもダメだね」とため息をついて終わる、ということが繰り返されてきた。所詮、人間は放射能と共存などできないし勝つこともない。放射能汚染されてしまうと打てる手は何もない。それが福島が得た教訓である。

この苦しい教訓、福島がおびただしい犠牲を伴って得た教訓を、原発再稼働が狙われているすべての地元自治体と住民に浸透させるのだ。どんなに原発で金がほしい人、再稼働を狙っている人たちでも、「たった一度の過ち」で自分の愛するふるさとがこんなふうになってしまうことは受け入れ難いであろうし、そうなってもいいと思う人などひとりもいないはずだ。そうやって、福島の教訓を全国に打ち込んでいくけば、ムードでなんとなく原発再稼働を支持している人たちは必ず崩れる。もし、そのために福島の教訓を語ってほしいというのであればいつでも声をかけてほしい。私のような不肖者で良ければ、どこにでも行きたいと思っている。

千葉県内で所用があるため上京。早めに着いたので、テントひろばを訪問し第1テントを覗く。レイバーネット川柳班の乱鬼龍さんを発見する。彼の顔を拝見すると川柳が吐きたくなる。冒頭に紹介した川柳は乱鬼龍さんを拝見してとっさに思いついたものだ。乱鬼龍さんは、たんぽぽ舎に行く前にここに立ち寄ったという。

放射能の風が吹いても桜はきれいな花をつける。経産省のはす向かいにある外務省の桜はいつもきれいだ。昨年冬は金色の落ち葉がテント前を彩った。昨年の9月にできたテントは今や東京名物の感すらある。「寒くなるまでここにいられるなんて思っていなかったから、実際のところ寒さ対策なんて何もしていなかった」とテントの人たちは語っていた。それが冬を乗り越え、再び暖かくなる季節まで残っているなんて、いったい誰が予想しただろうか。

アメリカの作家、レベッカ・ソルニットさんは、巨大災害の時には住民たちがみずからの小さな利害を超えて困っている人を互いに助け合う「災害ユートピア」が生まれる、と述べている。このテントひろばは災害ユートピアが生んだ思わぬ落とし子だったのかもしれない。

3.11から1年が経ち、東京でも福島でも災害ユートピアは跡形もなく消え去ってしまったかのように思われる。しかし、3.11以前と比べ「何かが違う」感覚も私の中にまだ残る。権力がメディアを使って上から押しつける、あの気持ちの悪い「絆」とは全く違うユートピア的なものが。

その疑似ユートピア的なものが日本の底流に存在し続ける限り、このテントもまたいつまでも存在しているのではないだろうか。

(文責:黒鉄好)

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黒鉄 好 aichi200410@yahoo.co.jp

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