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2019/02/03 ドキュメンタリー映画「いのちの岐路に立つ 核を抱きしめたニッポン国」特別上映(2/3,5,7、東京・ユジク阿佐ヶ谷)

2019年2月特別上映 ドキュメンタリー映画「シロウオ 原発立地を断念させた町」「いのちの岐路に立つ 核を抱きしめたニッポン国」
《特別上映会》連日10:00〜上映
★『シロウオ 原発立地を断念させた町』(監督:かさこ)
 2019年2月2日(土)・4日(月)・6日(水)・8日(金)連日10:00〜
★『いのちの岐路に立つ 核を抱きしめたニッポン国』(監督:原村政樹、語り:中村敦夫)
 2019年2月3日(日)・5日(火)・7日(木)連日10:00〜
※2月2日(土)・3日(日)アフタートークあり(プロデューサー:矢間秀次郎)

チケット:一般1500円 学生1300円 シニア1100円 会員1000円
★当日券を9:40〜受付にて販売。
※ネット販売・予約は行っておりません。
上映場所:ユジク阿佐ヶ谷(定員:48名)
     東京都杉並区阿佐谷2-12-19 B1F
     TEL 03-5327-3725
     JR中央本線「阿佐ヶ谷駅」北口より徒歩3分
     地図→https://www.yujikuasagaya.com/ac
※途中入場は上映開始10分までとさせていただきます。

『シロウオ 原発立地を断念させた町』
 30年以上も前。住民の反対運動により、原発計画を追い出した町があった!
 〜原発事故が起きた今こそ考えたい。なぜ原発マネーを拒否できたのか。
■監督:かさこ
■製作・脚本:矢間秀次郎
■撮影:中井正義
■録音:田辺信道
■水中撮影:山口敬意
音楽協力:SHOCHIKU RECORDS「魂の歌」より
(作曲:岩代太郎 演奏:東京都交響楽団)

故郷を、自然を、仕事を、そして家族を守りたい――原発反対運動を成功させた人々を追う
 東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故により、広く国民に原発の危険性が知れわたることとなったが、今から30年以上も前に、「いつか必ず原発事故が起きる。危険な原発は建てさせない」と住民が反対運動を行い、原発計画を断念させた場所が全国に34カ所あった。
 中でも紀伊水道をはさんで、双方の住民たちが協力し合い、原発計画を断念させたのが、徳島県阿南市椿町の「蒲生田(がもうだ)原発」と、和歌山県日高町の「日高原発」だ。
 南海トラフ三連動超巨大地震が心配される今、全国各地の原発再稼働が争点となっているが、なぜ彼らはチェルノブイリ原発事故や福島原発事故が起きる前に、危険性に気づき、計画を追い出すことができたのか。
 当時、反対連動に関わった住民などにインタビュー。
 住民らの証言を中心に約100分の映像にまとめた。

●徳島県阿南市椿町:蒲生田(がもうだ)原発
 1976年 四国電力が計画発表
 1979年 吉原薫市長が建設中止決定
●和歌山県日高町:日高原発
 1967年 日高町議会が阿尾地区に誘致決議
 1975年 関西電力が小浦地区に立地打診
 1990年 原発反対の日高町町長・志賀政憲氏当選により実質上計画中止

 原発視察にいったら電力会社のやらせがあった
 事故が起きなくても温排水の影響で漁ができなくなる

 自然豊かな町を子や孫に残したい
 お上の言うことを信じたらあかん

 福島原発事故を見て思ったこと。
 本当にあの時・原発計画に反対してよかった

 なぜ安全なら都会に原発作らないんですか?
 と質問したら、誰も答えられなかった

映画にも登場。京都大学原子炉実験所助教、小出裕章氏メッセージ
「当時の住民は賛成派も反対派も、みんな原発が危険であることはわかっていた。ただ原発がなくても生きていける自信を持っている人々が反対できた」

本作品が映画初監督デビュー。かさこ監督メッセージ
 東日本大震災発生後、被災地を何度も取材しました。
 中でも福島原発20キロ圏内に入り、人が住めない「死の町」と化した無人の町を見た時の恐ろしさは今でも忘れられません。
 家に帰れなくなった人の話を聞いた時、これは福島だけの問題ではなく、そう遠くない未来に誰もが起こりうる話だとの思いを強くしました。
 今、3・11の記憶は急速に風化しています。
 今後の日本社会のあり方を考える上で、過去に原発立地を断念させた人々に話を聞きたいと考え、本映画を製作しました。

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『いのちの岐路に立つ 核を抱きしめたニッポン国』
●被爆・被曝者らが迫る「核が問いかける戦後日本の隠された真実」とは何か−
 広島・長崎への原爆投下からフクシマまでを辿ると、「核を抱きしめたニッポン国」の輪郭が浮かぶ。
 反核運動の分裂を経て、屈祈した核をめぐる歴史に「平和」の内実を問い、融合・和解の迫を探る。
 8日6日夕刻、「安らかに眠れません 核兵器廃絶の日まで 全原発廃炉の日まで」と記した“とうろう”が広島・元安川の川面を流れていく……。

 いまや、放射線危険管理区域マークが日本列島におおいかぶさっている。
 保守・革新やイデオロギー、老若男女を問わず、だれもが「いのちの岐路」に立つ。
 “黒い雨”や“白い粉”の「死の灰」に恐怖しつつ逝った人びとへの鎮魂と核社会に生きとし生けるものへのメッセージ。

■監督:原村政樹
■プロデューサー:矢聞秀次郎
■撮影:一之瀬正史 原村政樹
■録音:金田弘司
■音効:徳永由紀子
■録音スタジオ:(株)モイ
■語り:中村敦夫

 あの福島第一原発事故から6年。
 避難地域の解除が進む中で、放射能の「緩慢なる脅威」がひろがり、原発崩壊が故郷崩壊につながっていく。
 “唯一の被爆国”を喧伝して敗戦72年を迎えた。
 ヒロシマ・ナガサキの被爆死者214000人。
 ビキニ水爆実験による船員たちの被爆、原発労働者の被曝がつづく。
 なぜ、原発再稼働にこだわり、核による厄災を繰り返すのか。
 いのちの岐路に立つ人間として、覚悟が問われている。
 かつて「原発立地を断念させた町」でバイブルになった『原発黒書』(1976年・原水爆禁止日本国民会議発行)には、放射能汚染の実態をふまえ、「想像を絶する最大想定事故」「冷却材喪失事故の進行過程」――メルトダウン、水素爆発等が、まるで福島第一原発の過酷事故をなぞるように、生死刻々の迫真力で記されている。

主な出演者
堀江 壯:「伊方原発運転差止広島裁判」原告団長、広島の被爆者。
伊藤正雄:「伊方原発運転差止広島裁判」原告副団長、広島の被爆者。
大石又七:第五福竜丸の乗組員として操業中、ビキニ環礁での水爆実験に遭遇し被爆。
     『死の灰を背負って』新潮社ほか著書多数。
椋本貞憲:徳島県阿南市の「蒲生田原発」建設阻止のリーダー、
     元阿南市市議会議員(6期)。
太居雅敏・英征 親子:阿南市椿泊の漁師。
藤本陽一:世界中の科学者たちの調査・研究をもとに、『原発黒書』を監修。
     元東大原子核研究所教授、早大名誉教授。
西岡 洋:長崎で被爆。学生時代に画家・丸木位里、俊の「原爆の図」巡回展にかかわる。
樋口健二:日本写真芸術専門学校副校長、43年間、原発労働者たちの被曝を追い続ける。
     『原発被曝列島』(三一書房)ほか著書多数。
梅田隆亮:敦賀原発等の労働で被曝し福岡高裁で法廷闘争中。
加藤哲郎:一橋大学名誉教授、元早稲田大学客員教授。
関千枝子:旧制女学校2年生のとき広島で被爆。フリーのジャーナリスト。
     元毎日新聞、全国婦人新聞等の記者。
     『ヒロシマの少年少女たち 原爆、靖国、朝鮮半島出身者』(彩流社)
     ほか著書多数。

●原村政樹監督メッセージ
 映画製作の方向性〜核から見える日本の戦後史〜
 この映画の監督をとの依頼があった時、即座に頭に浮んだことは、核(原水爆と原発)を軸に、日本の戦後史を描いてみたいということだった。
 そして、撮影対象者の方々が皆、個性豊かで魅力的な人たちばかりで、「良い映画が出来る」との確信を持った。
 一方、人物の魅力に寄りかかってばかりの映画では、最初に考えた戦後史を的確に表現できない。
 ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマという應史の流れの時間軸を縦軸にしつつ、登場人物それぞれの人生を横軸にした作品を構想した。
 さらに過去の歴史を紐解くばかりではなく、現在進行している現実をしっかり描くことに力点を置いた。
 それはとりもなおさず、過去・現在・未来へと繋がるダイナミックな日本社会の実相に迫りたいという想いからであった。
 登場人物やスタッフ、そして多くの応援してくださる方々の力があってようやく完成させた作品である。

●矢間秀次郎プロデューサーメッセージ
“種蒔く人”の出会い
 かさこ監督「シロウオ〜原発立地を断念させた町」2013年公開につづいて、プロデューサーを担当した。
 この5年間、企画を熟成させる取材を重ね、繰り返し現場に立つ。
 原水爆実験等のトリチウム汚染(1985年の英国原子力公社疫学調査で有意な相関8.89倍公表)のためか、60代中半に前立腺ガンを患い全摘手術、生死刻々で「いのちの岐路」に向きあっている。
 1995年に出会った瀬尾健著「原発事故…その時、あなたは!」(風媒社刊)が反原発にシフトを促し、「原発黒書〜日本における原発推進の実態」(1976年、原水爆禁止日本本国民会議刊)との出会いが当映像作品に結実した。
 実に熟した種が宿っているだろうか。

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